マルクスは、「フェテイシュ諸神の崇拝」のドイツ語訳からノートを取っている。
「セネガルと貿易をするヨーロッパ人が考え出したフェテイシュ、ポルトガル語で言うFetisso
すなわち魔法のかかった、神的な本質、に由来し、Fatum,fari に由来する。

「ニグロには太陽とフェテイシュがほんとうの神々」
「アメリカのユカタン半島では」
「各々がそれ固有の神を」〈持っていて〉彼らが共同の崇拝のために」「集まる」「広場」を持っている。

マルクスが商品をフェテイシュ神に喩えたのはそれなりの理由があったように思われる。

後に、マリノフスキー、マルセル・モースなどの人類学的研究によると野生社会あるいは
太古の交易は極めて呪術的性格の強いものであったようである。ド=ブロスの
「フェテイシュ諸神の崇拝」にもマリノフスキーが西太平洋のトロブリアンド諸島で観察した
クラ交易に似ているペテイゴール人の儀礼に触れている。マルクスが野生社会や太古の交易まで
イメージして商品フェテイシュを語ったかどうか、わからないが、商品の価値をGespenst 幽霊と書いたり、
価値実体の実体をSubstanz (神さま)というスコラ用語を使ったりしているのもそれなりの理由があるようだ。

さて、マルクスは、「キューバの未開人は、黄金をスペイン人のフェテイシュと見做した。
彼らはそれ〈黄金〉のために祝祭を催し、その周りで踊り、歌い、しかるのちにそれを海中に投じた。
それを遠ざけるために」どうも、この文章は、ド=ブロスがスペインの宣教師ラス・カサスを
孫引きしたものをマルクスが抜き書きしたもののようである。この記述はライン新聞でも使われている。
キューバ人たちはスペイン人を追い払うために、スペイン人の神と思われる黄金に敬意を表わし、
祝祭を催し、その周りで踊り歌った後、スペイン人の退散を願って黄金を海中に沈めたが、
黄金崇拝のスペイン人には通用しなかったようだ。コロンブスから500年のアメリカ大陸の歴史
は以降血にまみれることになる。

僕は「キューバの未開人は、黄金をスペイン人のフェテイシュ神と見做した。彼らは黄金のため
に祝祭を催し、その周りで踊り、歌いしかる後に黄金を海中に投じた!」と書いた、
若いマルクスにマルクスの原点を見た思いがした。彼の原点はヘーゲルでもリカードでもなく、
実体でも、イデアでもなく、スペイン人に殺されていった名もなきキューバの民の涙だったように思う。