中世哲学はカントの言っていた通り閉鎖的で、もっと前の哲学書(つまりデータベースだけ)を読んで、あーだこーだ言っていたので、『純粋理性批判』でのカントは「オープンで過激な人パフォ」に全振りし、(反発はあっただろうが)議論をこじ開ける。

とはいえ、『永遠平和のために』では秘密条項、え?言ってもうたら秘密じゃなくない?みたいなのも出てくるので、本当はオープンでもクローズでもない上手い調整があるというイメージだな。

『一般意思2.0』では熟議できないんだからデータベースを参照しよう。という話が出てくるが、データベースに偏り過ぎたら、いずれまた熟議が必要になるんだから、とりあえずやってみれば良いじゃん?みたいな話も並行して出てくる。

この辺はやっぱ聡明だと思う。