wiki マカバイ戦争

〈マカバイ戦争はユダヤ人弾圧に端を発し、最終的にユダヤ人王国が成立したことからユダヤ人の独立戦争という位置づけが良くなされる。しかし、その発端や経過において、ヘレニズム的なユダヤ人と敬虔派のユダヤ人の対立がしばしば見られるように、一面ではユダヤ人の内乱としての側面も持っており、また証拠が少ないながらヘレニズムの潮流の中で「ポリス的」な変化を遂げるエルサレム社会の中で、市民としての権利を獲得できなかった下層民と、強くヘレニズムの影響を受けた祭司や貴族達との対立という要素があったとも指摘されている。
またセレウコス朝によるユダヤ人弾圧が、「ヘレニズム化」を目指したセレウコス朝の政策に基づく宗教弾圧であるという説が長く支持されてきたが、近年ではセレウコス朝による宗教統制の意思については疑問が呈されている。〉

「帝国」の宗教文化に順応していたユダヤ人はヘレニズム化した宗教貴族などの支配層で、
(柄谷行人が交換様式Dの萌芽があったという)敬虔派のほうは、むしろナショナリストだったといえるだろう。
柄谷行人は「帝国」的な宗教文化を良いとしているにもかかわらず、
敬虔派的なユダヤ教の在り方を「普遍宗教」の始まりだとしている。
いかにも、これは非常にちぐはぐである。

柄谷行人『帝国の構造』

「(帝国の原理は)多数の部族や国家を、服従と保護という『交換』によって統治するシステムです。帝国の拡大は征服によってなされます。しかし、それは征服された相手を全面的に同化させたりしない。彼らが服従し貢納しさえすれば、そのままでよいのです」