柄谷行人は、交換様式には、A=互酬交換、B=略取と再分配、C=商品交換、そして、Aを高次元で回復した「D」の四つがあるする。そのうえで、それぞれの交換様式が同時に存在しながらも、支配的な交換様式がAならば氏族社会、Bならば国家および帝国、Ⅽならば資本制社会、であるという。これはつまり、支配的交換様式によって歴史的段階が決定されるのだといっていることになる。

[言うまでもなく、国家とは諸々の力の絡み合う場である。しかし、さらに一歩遡って、人間の文化そのものを力の劇としてとらえねばならない。それは、錯乱せる自然としての人間的自然を矯めようとする力とそれに反発する力の織り成すドラマである。
…さて、文化が多少とも安定した構造として存立するためには、この垂直の力が社会全体に広がることを可能にする何らかのメカニズムが必要である。このメカニズムがいかなる形態をとるかによって、いくつかの文化を区別することが出来るだろう。以下、ドゥルーズ=ガタリにならって、それら諸形態の中から重要な理念型をとり出し、一般的な時代区分と対応させつつ、 (1) コード化−原始共同体、(2) 超コード化−古代専制国家、(3) 脱コード化−近代資本制の三段階の定式化を行うことにする。]
(浅田彰「構造と力」)

このように柄谷「交換様式論」は、よく似ているわけだが、

「錯乱せる自然としての人間的自然を矯めようとする力とそれに反発する力の織り成すドラマである」(浅田)

柄谷説では、「原遊動性U」の段階について、この「錯乱せる自然」という認識がない。
これのことが、柄谷交換様式論が、「体系」としてのデタラメなものになっている最大の原因であろう。