斎藤幸平 佐々木隆治との対談

〈斎藤 柄谷行人にしてもまず自分の哲学的枠組みがあって、その価値形態論解釈ではカントの超越論的統覚につなげて一般的等価物を読みかえたりしている。自分の哲学的な関心を押し付けるアプローチの一例です。〉

この点では、柄谷行人もべつに、「自分の哲学的な関心を押し付ける」ようなことはしていないだろう。

「ヘーゲルはコギトの本質を否定の否定とすることによって、対象を論理学的に把握しうるものとした」(ハイデガー『存在と時間』)

ヘーゲル的には、超越論的統覚の「本質」が「否定の否定」だということであって、
マルクス価値形態論が、そのヘーゲル本質論の「アナロジー」だということは、いわば定説である。
つまり、柄谷行人は、カント→ヘーゲル→マルクスのライン上のことを述べたにすぎない。