『図書』2023年12月号
【巻頭エッセイ】柄谷行人「世界戦争の時代に思う」

世界戦争の時代に思う──『帝国の構造』文庫化にあたって
柄谷行人


 われわれは今、世界戦争の危機のさなかにある。それはいわば、国家と資本の「魔力」が
前景化してきた状態である。このような「力」は、ホッブズが「リヴァイアサン」と呼び、
マルクスが「物神」と呼んだような、人間と人間の交換から生じた観念的な力である。
いずれも、人間が考案したようなものではない。だから、思い通りにコントロールすることも、
廃棄することもできない。

 かつてマルクス主義者は、国家の力によって資本物神を抑え込めば、まもなく国家も消滅するだろう、
と考えた。ところがそうはいかなかった。結局、国家が強化されたばかりか、資本も存続する結果に
終わったのである。以来、マルクス主義も否認され、国家・資本は人間が好んで採用したものであり、
今後も適切な舵取りさえすれば人間を利する、と信じられてきた。

 現実に、資本も国家も暴威を振るっているのに、人びとは、自分たちの力で何とかできるものだと
信じ続けている。そして、AIの発展によって、また宇宙開発のような新奇なビジネスによって、
世界を変えることができる、というような「生産様式論」に終始している。

しかし、生産様式が変わっても、国家も資本も消えない。現に、今世界戦争が起こっている。
私がこのことを予感したのは、ソ連邦崩壊後であった。その時期、「歴史の終焉」が語られたが、
私は異議を唱え、二〇世紀の末に「交換様式論」を提起した。

『帝国の構造』は、そこから国家の力を解明したものである。

(からたに こうじん・哲学者)