「カント的道徳性から必然的に生まれたのは互酬的交換に基づく社会であり」(柄谷)
この「カント的道徳性」というのは、もっぱら柄谷行人の好きな「他者を手段としてのみならず目的として扱え」
このことだと思うのだが、これについては、ハイデガーは『芸術作品の根源』で、カントの美的判断の美に対する「無関心性」
(ハイデガー的には、関心対象である「用材」としない態度)と近しい考えとして論じていたように思う。