≫ギリシャ思想への近東文化の影響

柄谷行人にしても、イオニアを持ち上げているのだから、その線だろう。
ギリシア本土の思想は、プラトン、アリストテレス的な(従来的な意味の)「制作」重視のものだったが、
イオニアのほうは、「生成」重視だった、みたいなこともいうし。
なお、「生成」重視のほうが、本来のギリシア思想の姿だ、というのは、
もともとハイデガーなどいろんな人が言っていたことである。
かつての柄谷はそれを、日本においては、本居宣長みたいな「自然(じねん)重視の思想もともと強いので、
西欧に於けるようなインパクトはなく、たんに保守的な思考をもたらすだけ、といったことを述べ、
批判していた。それもいまは、「転向」したということであろう。

ちなみに、わたしとしては、ハイデガーなどの説が正解で、「生成」の重視が古ギリシア的、あるいは、ペルシア人を含むインド・ヨーロッパ語族なもので、
「制作」の重視は、当時の先進文明であったセム系のバビロニアなどオリエントに由来するものだと思う。
これについては、だいぶ↑の法で触れたが、アリストテレス『形而上学』などにも、その読めるように書いてある。
ハイデガーは、もともとはアリストテレス研究者だった。
もともとは、ヘレニズムとヘブライズムの対立というのは、
「生成」重視と「制作」重視,具体的肉感重視と抽象的思考重視の対立みたいなものだったのが、
いつのことからか、ヘレニズムのほうが抽象的思考重視みたいなことが通説化したということがある。