アリストテレス『形而上学』には、イオニアの自然学者(フィシオロゴイ)たちよりもピュタゴラス派はもっと外国風
といったことを書いていた。
岩波文庫の訳が正確ならば、イオニアの自然学者たちもピュタゴラス派ほどではないにしても、
外国風ではあるのだろう。
この外国風というのは、オリエント風(エジプトを含む)ということ以外にはないだろう。
先進文明が他にはほぼないからである。
そしてアテナイ人は、イオニア系であった。
近東文明のイオニアのギリシア系ポリスへの影響が、アテナイなどを通じてギリシア本土全体へ及んだ、
と考えるのが自然だろう。

柄谷行人のイオニア観は、ハイデガーなどの「本来」のギリシア観を真似たものだが、
実のところはおそらく、進んでいたイオニアの思想のほうが「制作」重視で抽象度の高い思索的・観想的な「外国風」で、
遅れていた同時期の本土のほうが、むしろ生成や自然(フュシス)を重視するもので、また肉感や情感を尊重するものだったと思われる。