事象の忠実な記述を志すことなしに、まともな議論は成立しない。
柄谷氏の役割は、批評空間時代で終わったのだろうと思う。
さらに、それは、理論的に何か提示したというより、その時代に自由な言論の場があるという幻想を維持することにある程度、成功したに過ぎない。