で、肝心の「意識体験」ですが、これは現に「私が観測している事実そのもの」なわけです。唯一直接存在を確認できるのが「それ」で、他のすべては「それ」から「それの向こうに、それとは区別して存在していると推定される何か」に過ぎないので、それが「存在している」のは、疑いようがありません。「現に、これあり」です。
それがあることを論証しろとか、トートロジーや論点先取はやめろとか言われても問題は「論」以前なので、困り果てます。「あなたも同じようなものを観測しているんじゃないの?」と聞く以外は、ありません。

繰り返しますが、後からの「論証」で「それ」の正体が「実は物理過程そのものである」ことがわかるとしても、それは別の話です。
「心霊体験」があるのは、その人が嘘をついている(か哲学的ゾンビであるw)のでない限りは否定できないので、それの正体が「ある種の対象(幽霊)の認識」なのか「錯覚」なのか「妄想」なのかは別の問題だ、というのと、同じことです。