スターリン式の経済成長は至ってシンプルだった。政府の命令によって工業を育成し、そのために必要な資源を、農業に高率の税を課すことによって調達するのだ。この共産主義国家の税制は効率が悪かったため、スターリンは代わりに農業を「集産化」した。このプロセスを通じて、土地の私的所有権は廃止され、地方に住むすべての人々が、共産党の運営する巨大な集団農場へ徴集された。おかげで、スターリンが農産物を奪い取り、それを使って、新しい工場を建設して操業するすべての人々を養うことがずっと容易になった。地方の住民にとって、こうした事態は悲惨な帰結をもたらした。集団農場には人々が懸命に働くインセンティヴが完全に欠けていたため、生産量は急激に減少した。生産物の多くが搾取されたため、食べる物にも事欠く有り様だった。人々は飢えで命を落とすようになった。結局、強制的に集産化が進められるあいだに、おそらく六〇〇万人が餓死するとともに、それ以外の数十万人が殺されたりシベリアへ流刑にされたりした。

ダロン・アセモグル