偶には哲学でもしてやるか

割と昔から君たちに感じていることは
主体的であることにより主体的でなくなる所作を
取ることが苦手なことだ、簡単に言えば演技のことである

つまり私は自民党を支持しているわけだが、どうも自民党に
とって都合の悪い人が多いのだよ、そういう人を見ると
何とかしなくてはいけないと言う使命感が湧いてくる
と言う嘘を迷わず付ける芸当が君にはないのだ

すると自民党を支持している主体が偽物なのだから
そんな主体はないのだが、すぐに主体があると信じ込む
いわば幻であり虚像だ

すると君たちは誠実な受け答えとか、嘘を付きたくないと言う
主体が顕になることで、主題から逃げると言う主体が生成され
主体があるが故に主体を守るために逃げることが顕になる

これはつまり偽物や紛らわしい物を生成することにより
逃げると言う方法を取らない一種の主体なのだが自覚していないようだ

転じて言えば、傍観者や逃亡者であることがより強化されて
しまうので、もしも二分の一の確率のうち、どちらに行くのか?
予測する立場からすると、演じることはないだろうから逃げる
だろうと予想がしやすいので、広い意味では逃げる範囲が
特定しやすくなるのである

こうした状況に陥らないためには、それっぽい言葉を並べ立てて
体裁を整えておくのが有効な方法で、心にもないお題目として
倫理を書き散らすのである、君の行動原理が単調なのは
主体的すぎるからなのだ