たとえば柄谷の交換様式本だと、霊の力がどうしたとか、やたら呪術的な用語が出てくる。フロイトで言えば無意識に該当するものであり、そうした検証し得ない対象xを考察の基底に据えてしまうのは危ういというか、解釈的に何でもありの世界やトワイライトゾーンにしてしまうので、むしろそちらの方が宗教や呪術、統一教会に近いのではあるまいか
 
数学的な一意性は、淡白でストイックであり、意味不明の霊力などは全く要請しないものである。そこで要請されるのは、論理的運用の力だけである