哲学的な視座では、社会問題はこの世に存在する様々な苦痛のバリエーションの一つに過ぎず、個別に取り上げることに大して意味はない。
哲学では、それらを「苦痛」という群に抽象化し大きな枠組みで考える必要がある
政治への不満を垂れ流すのが哲学ではない。

功利主義では、苦痛を減らして快楽を増やすことが善とされているが、私はこれに概ね賛成する。ネガティブ功利主義も功利主義のバリエーションなので。
一方、反出生主義では、苦痛と快楽を感受する主体が存在しないことが善であり、苦痛と快楽を感受する主体が存在することは悪とされている。