釈尊の一生はそのものが衆生への説法なんだよ
聞いた者は自身の一生を見直す契機を得るからだ

ていうかまず十二縁起、十二支縁起で釈尊が説いてる苦しみの連鎖、はまず無明から始まる貪欲瞋恚愚痴の人間の思い込みと勘違いの執着の世界によるものやん?
これが現在世において改まらんから未来世でも苦しむことになる、だから四諦となるべく八正道を得て行動や思考をあらためて行きましょうねって論理展開やん、説教でなくてなんなんだ
っていうのと、抑えるべきはこの「未来世」ってのが「これからの未来のあなたの世界」ってのと「あなたが死んでからの世界」の2つの意味があるってことなんだよ
「現在世」に関しても、「現在というこの作用時間」っていう意味と「現在から死ぬまでの間」っていう2つの意味がある
バラモン教系統は基本的に2つをある意味わざとごっちゃにして語っている、当時のサンスクリットがその2つの時系列を基本的に区別しないからなんだが
仏教は各宗派でわりと混在してる、全部を見知ってるわけでないんでこれはイメージだけど
現世での脳内輪廻の問題と死後の輪廻の問題を明確に区別しだしたのは主体が漢字文化圏に移ってからなんでないかね
例えば浄土教系統の未来世ってのも善導とかだとつまりは未来、現在以降ってことになる
そういうことをわきまえずに古い仏典を読むと大変なことになる