>>62
>なにがしかを固定しないと分析しようがない
固定されているのは構造なんだけど構造主義における構造という語は私達が日常生活で構造って語を使う時とは違う特殊な意味をもたせた術語だから
まず構造とは何なのかを理解していないと「AとBは同じ構造をしている」というとき“どのように”同じなのかが理解できないんだよね

>何かを固定するとそいつが変化することについて語られていないではないか
構造が同じ(つまり構造自体が固定されている)ときは構造内部の諸差異が占めている割合の変化について語れる
構造自体が変化しているなら構造内部の諸差異のあり方(分節のされ方)自体が変化してるので、そのことについて語ることができる
前者(諸差異の占める割合の変化)と後者(構造自体の変化=分節のされ方の変化)を混同しないように気を付ければ「何の変化」についてなら語り得るかを誤ることはないはずだよ
>怒られちゃって
その怒ってる人は何が変化して何が変化していないのかを理解してない(混同してる)んだと思う
飽くまでもイメージの話としてなんだけど分かりやすくするためにちょっとトポロジカルに考えてみよう
「コーヒーカップ(取手が1つ付いている)とちくわは同じ形をしているけど、コーヒーカップ(取手が1つ付いている)とグラス(取手が付いていない)は違う形をしている」
と言われた時に前者(カップとちくわ)は「同じ構造」をしていて、後者(カップとグラス)は「違う構造」をしているということに納得できるかな?
ポイントとしては前者では辺や面のつながり方(位置関係)が同じなのに対して、後者では辺や面のつながり方(位置関係)が異なっているところだ
直感的にはむしろ逆でコーヒーカップとちくわは違う形で、コーヒーカップとグラスは同じ形をしているから両方とも飲み物を飲むために使えるって思ってしまうけど
ここでは、ある構造体を構成している諸差異のつながり方(位置関係)だけに着目して、直感的にではなく論理的に「同じ」なのか「違う」のかを考えてみてほしい