例えば、泥団子を2つ用意して1+1を実験してみると、答えは2ではなく1になる

哲学っていうのはある意味数学と同じで
「現象ってこういう風に解釈する事”も”出来るよね」というだけの話なので
それを具体例に落とし込んでしまったら
「1+1は2ではなく1」みたいに、「いや別に全然違う解釈も出来るけど?」みたいな難癖を必ず付けれてしまう


構造主義は、正直、具体例を元に考えれば幾らでも反証出来る
しかしそれは、そもそも解釈とはそういうものなので、しょうがない