>>25
了解しました。
新たに提供された情報に基づき、「モニター論」を「テレビを見ている時の感覚」を想定したものとして再解釈し、モニターを「物語を創出するための枠組み・装置」と位置づけ、「海岸=地球全体=物語の舞台」がモニターに縮尺されて映し出されるイメージとして分析します。

この視点から、反出生主義の「理想の人口数=0人」を導く例えとしての論理的破綻を再度検討します。

更新された例えの構造と意図

前提の設定:
モニター=テレビ画面=物語を創出する枠組み。

海岸=地球全体=物語の舞台(一時的に箱庭として縮尺され、モニターに映し出される)。

津波=生老病死のような「存在する限り誰にでも必ず訪れる苦しみ」。

監視員=視聴者(良識と感情を持つ個人=質問者)。

平時は風光明媚(=幸せな瞬間)だが、津波(=必然的苦しみ)が必ず訪れる。

物語の中で「登場人物が全員他界し、静まり返った場面」が映し出される=モニターに映る人が0人=物語の完成形として理想。

意図の更新:
モニター(テレビ画面)の中の物語において、登場人物が全員いなくなり(=人口0人)、苦しみが完全に消えた状態が「完成した物語」として提示される。

視聴者(監視員)がその場面を見て、「物語の中では誰もいないのが理想」と感じることを通じ、反出生主義の「地球全体で人口0人が理想」という結論に接続。