>>241
反出生主義者という主体にとって、苦痛の不在を理想とすることは意味のあることであろう、それは否定していない
そうではなくて、【反出生主義の帰結として、無意味を導く】と述べている


前提:様々な物事に意味を与えるのは主体

反出生主義の理想である苦痛の不在は、苦痛を感じる主体の不在を意味する
何故なら、主体が存在する限り苦痛も存在するからだ(e.g. モニター論)
苦痛の不在(主体の不在)が実現したとき、それに意味を与える主体は存在しないので、意味が無くなる=無意味になる

「無意味と断じる」とのことだが、「無意味」というワードを冷笑的な見下しの意味で用いたわけではないことは、ここまでの説明で理解できると思う
こちらは「無意味」という状態を絶対的なネガティブなものとして認識していない
なので、繰り返し「無意味が良いか、有意味が良いは価値観によって異なる」と述べている
反出生主義は無を善とする思想なので、
無(意味)>有(意味)となるのは必然の筈だけどね