>>519
規範の独立性と恣意的引用の問題
カント倫理・功利主義の「苦痛回避」解釈の限定性

反論側は、「苦痛を与えるのは非道」がカントや功利主義において独立に支持されると主張するが、これは一面的である。カント倫理において重要なのは「人を目的として扱うこと」であり、生まれてくる子どもを「生まれないことが善」と決定すること自体が他律的である可能性がある。また、功利主義は総快楽と総苦痛の比較衡量を要請するため、「快楽不在は中立」という非対称性仮説は、古典的功利主義とは整合しない。

> 批判1:反出生主義は、都合の良い部分のみを抽出した規範の選択的援用であり、「独立性」の主張は成り立たない。


責任構造の再定義と社会的実効性の回避
「個人選択」の言説による責任の縮減

「個人選択」によって出生を否定する行為を倫理的責任の履行とする主張は、倫理的言説に内在する社会的実効性の要請(すなわち「語る者が行為を伴うべき」という一貫性)を巧妙に回避している。この点で、反出生主義者は語りの自己免責装置として「個人選択」概念を用いているにすぎない。

> 批判2:苦痛予防を倫理とするなら、その語りは他者の苦痛に対する積極的関与を伴わなければ一貫性を欠く。「生まない」は消極的予防であり、積極的救済責任の放棄である。