>ある貧者、螽を捕らうずるとゆく路次において蝉をみつけ、乃ちこれをとつて殺さうとするところで、
かの蝉の申すやうは、さりとて我を殺させられうこと本意ない儀ぢや、
それをなぜにと申すに、五穀草木に障りとはならず、さして人に仇をなすことはござない、
結句梢にのぼつて、さへづりをもつて夏の暑さを慰めまらするところに、理不儘に殺させらるることは何ごとぞ
と事を分けて申せば、そのもの道理に責められて、たちまち赦免いたいた。<
『天草本 伊曽保物語』、新村出 翻字、pp.25-6