たとえば、フッサールのエポケー(判断停止)は、「停止問題」とは異なるが、
やはり、停止を己の哲学上の概念の中に組み入れることで、哲学的な利点を
引き出していると言える。なぜなら、現象学的還元による引き戻しは、エポケー
を経ることによって成し遂げられるからである。

これは、自明性を一度括弧に入れて、根源的に前提から考え直す、という
哲学的なスタンスに通底していることでもある。私の哲学的な概念、
世界共通言語φ、世界共通トークンψ、世界Ω、もそうした形而上学的な
メタ概念にもなっている

「正しい」という漢字からも分かる通り、一度、止まることがないと、
真に正しいことが何なのかもよく分からぬままランダムに訪れる
現象に流されるだけの人生になってしまう。今なら、備蓄米買いに
スーパーへ行くだけの人生になる