東は神童だった。
少なくとも、彼がまだ十歳だったころ、東京の塾街ではそう呼ばれていた。

模試の偏差値は常に最上位。
IQは測るたびに更新され、やがて誰も正確な数字を言わなくなった。
中学受験では難関校を総なめにし、東大合格は既定路線だと、塾講師も新聞も、そして何より彼の長年のファンである波平とラジが信じて疑わなかった。

波平は言う。
「やっぱり“地頭”なんだよ。東は違う。生まれつきだ」

ラジは頷く。
「東大に行って、東京の中枢に入って、日本を動かす。ああいう天才が国を導くべきなんだ」

彼らにとって、天才、IQ、中受、東大、東京――それらは神話を構成する聖語だった。
努力よりも、偶然よりも、逸脱よりも、整然と積み上げられた“正解”のほうが尊い。
東はその結晶だった。

東自身も、そう信じていた。