「議論」という名のマスタベーション

​彼が望む「議論」とは、あらかじめ決められた「正解(生存本能の肯定)」に相手を屈服させるための儀式に過ぎません。

​自分の枠組みから一歩も出ず、相手が心の話題に触れることを「おかしい」と切り捨てる。

その硬直した姿勢こそが、先ほどのレスにあった「顎の力」や「内臓力」が、実は彼ら自身にこそ欠如していることを証明しています。