反出生主義言説は、苦痛への感受性という点では重要な問題提起を含みうるが、
その言説機能が未分化なまま社会的流通を始めると、
「救済の思想」なのか「非難の規範」なのか「実存的告白」なのかが混線し、
結果として議論の射程も責任範囲も不明瞭になる

故に真偽や正誤の判定以前に、まずやるべき事は、言説の対象・目的・効用の明確化だろう