>>212
③「採用は個人の好き嫌い」という自己崩壊

最も決定的なのはここ。
相手は公理の採用を「個人の倫理観の根源に立ち入る別フェーズの話」「個人の好き嫌い」として切り分けた。しかしこの手を使った瞬間に、反出生主義は自らの規範的射程を放棄したことになる。

倫理的主張が「他者に向けて産むべきでないと説得する」ためには、その根拠が個人の好き嫌いを超えた公共的正当化に耐えなければならない。
「採用は好き嫌いだから問わなくていい」と言った瞬間、「産むべきでない」という規範を他者に向けて主張する根拠が消える。
好き嫌いは説得の根拠にならないし「倫理的正当化の義務を丸ごと捨てている」と言えよう。

3点を通して
相手の論法は「構造記述の中立性」という偽装によって規範を薄め(①)、
構造確認を実践批判への回答に見せかけ(②)、
最終的に「採用は個人の好き嫌い」として正当化要求そのものを無効化しようとしている(③)。
しかし三段階とも崩れており、特に③は反出生主義の普遍的規範としての地位を相手自身が手放す自己崩壊になっている。