欠陥②:「コースターを止めても子供は守られる」——だが非出生では誰も守られない

コースターを止める場合、乗るはずだった子供たちは引き続き存在し、怪我を免れてハッピーになる。保護される主体が明確にいる。
だが「産まない」という選択において、保護されるべき主体はどこにもいない。
存在しない潜在的人間は、保護の対象になれない。怪我もしないが、楽しみもしない——そもそも何も経験しない。

反出生主義者がこの例えで「救済」と呼んでいるものには、救済される主体が存在しない。