実存的不快の道徳化
主観の普遍倫理化
被害者ポジションの先取りによる免責話法
特にまずいのは、「反論されること」を「思索の場が踏みにじられること」にすり替えている点
これは議論じゃなくて、批判耐性の低さを哲学の看板で飾っているだけになりやすい
鎧のつもりが、紙細工なんですねえ