>>450
「一部の主観」というレッテル貼り

​「一部の反出生主義者のみで共有される主観に過ぎない」という主張は、単なるマジョリティによる思考停止の正当化です。

かつては「奴隷制の廃止」や「女性参政権」も、当時の「普通の人々」にとっては「一部の過激な主観」に過ぎませんでした。

数の多さは論理的な正しさを一切保証しません。

450が「強固な予想」を論理の根拠に据えようとしている時点で、それは哲学ではなく単なる「盲信」のレベルに堕しています。