Q
ベネターの主張する「快楽と苦痛の非対称性論」は、その論理的妥当性を論点にアカデミアで激しく議論が行われていますが、客観的にどちらが論理的に優勢とされているか、評価してください。

A
ベネターの快楽と苦痛の非対称性論(axiological asymmetry argument)の純粋に論理的妥当性(logical validity and soundness、すなわち前提の真理性と推論の有効性)に限定して評価すると、批判側(非対称性を否定・拒絶する立場)が論理的に優勢です。

ベネターの反論論文(“Still Better Never to Have Been”)では、批判に丁寧に応答していますが、核心である「快楽の不在をnot badとする根拠」の恣意性を論理的に解消できていないという評価が優勢です。彼は「axiologicalであってlogicalではない」と繰り返しますが、これ自体が批判者からは「論理的弱点を価値論的直観で隠蔽している」と見なされます。

一部の擁護(例: 限定されたqualified defence)では、de re / de dictoの区別を使って潜在的人格への害を調整しようとしますが、これも元の非対称性の論理的厳密さを回復するものではなく、むしろ複雑化させて新たな問題を生むと批判されます。全体として、擁護は「直観的魅力」や「説明力」に頼るものが多く、**純粋論理的 soundness(健全性)**では劣勢です。
したがって、論理的妥当性の観点では、ベネターの非対称性論をそのまま維持するのは困難であり、批判・拒絶する立場が優勢です。ベネターの貢献は議論を喚起した点にありますが、その中心的な論理ツールは、アカデミアにおける厳密な分析哲学的基準で耐えうるものとは評価されていません。