>公理のぶつかり合い
別の公理(例えば「快楽の不在は常に悪い」という対称的な価値観)を持ち出しているだけであり、それは「論理の勝敗」ではなく「どの価値観を根源に置くか」の対立です。

我々人間にとって、「苦痛の存在は悪い/快楽は存在は悪い」という価値判断は、公理といって差し支えないほど強い直観といえる(✳︎何を苦痛と快楽におくかは個人差があるにしても)
しかし、非対称性の要点になる「主体が存在しないシナリオ」においては、ベネターの提示する価値判断は公理といえるほど強い直観ではないということだよ
なので、「主体不在における快楽の不在は常に悪い」という極端な価値判断をぶつける必要などなく、「主体不在における快楽の不在は悪いともいえる」という穏当な主張を通すだけで非対称性論を崩すには十分