>>588
「公理」という言葉の矮小化

​彼は「主体不在の価値判断は強い直観ではないから公理ではない」と言いますが、ベネターの非対称性は、個々の直観が強いかどうかではなく、「我々が既に持っている他の強い直観(苦しむ子を産む義務はない、幸せな子を産む義務はない等)を説明するために、この非対称性を認めざるを得ないのではないか」と問うているのです。

588の論理は、一部のパーツだけを取り出して「これは直観的にピンとこない」と言っているだけで、全体の論理的整合性(説明力)を全く見ていません。