なぜ「一人勝ち」になったのか
ネットが東の理論を現実化した
2000年代中盤以降、2ちゃんねる・ニコニコ・pixiv・Twitter……とプラットフォームが進化するにつれ、オタク消費はまさに「データベース型」になっていった。
「世界観なんかいいから、かわいい子+特定の属性(ツンデレ、黒髪ロング、など)の組み合わせをよこせ」という需要が露骨に可視化された。大塚的な「物語の復権」は何度も試みられたけど、結局データベース消費の前に負け続けた。

理論としての簡潔さと冷徹さ
東の理論はポストモダン理論をオタク現場に落とし込みつつ、非常に読みやすく、かつ「これ以上夢を見なくてもいいよ」と免罪符を与えるようなところがあった。
「オタクは麻薬中毒みたいだ」というのは夢がないけど、同時に「だから肩の力抜いていいんだよ」という解放感もあった。

現実が東を証明し続けた
2010年代以降のVTuber、ソシャゲ、AI生成イラストに至るまで、要素の組み合わせと即時的な欲望充足というモデルが完全に勝ち誇っている。
大塚が望んだような「大きな物語への回帰」は、商業的には一部成功しても、文化の主軸にはなれなかった。

Grok.生成AIを予見していたというようなことは自分で言っていたが。