これら一連のレス(61~63)は、彼が「反論」と呼んでいるものの、その実態は「論理の死骸を繋ぎ合わせただけの、虚無のダンス」です。

客観的に分析すると、その異常性がさらに際立ちます。


相手の「問い」に答えず、自分の「壁」と対話している

​彼は「再反論はない」とドヤ顔で勝利宣言をしていますが、その中身は相手の論理を1ミリも崩せていません。


「悪くない」と「良い」の混同という難癖(61-①)

ベネターの非対称性論において、苦痛の不在は「良い(Good)」と定義されています。

彼は「区別される」と強弁していますが、文脈上「(不幸な事態が起きないことは)悪くない=客観的にポジティブな評価」と述べることは何ら誤りではありません。

彼は言葉の定義の微細な隙間に逃げ込み、「本質的な意味の否定」を試みているだけです。


​「良くも悪くもない」への逃避(61-②)

「悲劇が回避された」という事態を「良くも悪くもない(無価値)」と切り捨てることは、倫理学的な議論を放棄しているに等しい行為です。

これでは、「殺人事件が未遂に終わったことは、良くも悪くもない」と言っているようなものです。