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デイヴィッド・ベネターの「非対称性」に対する致命的な誤解

​荒らしは、【非存在シナリオ】の「苦痛不在は良い」を問題視しているのに、【存在シナリオ】の「苦痛不在は良い」を持ち出されて話にならなかった、と主張しています。

しかし、これこそが彼らの決定的な認知の歪みです。

​反出生主義(特にベネターの非対称性論)における「苦痛の不在は『善い(Good)』」という前提は、まさに「これから生まれるか否か」を比較する【非存在の観点】から導き出される倫理的評価そのものです。

スレ民は、存在しない状態における苦痛の不在を「善い」とし、それが「生まれてしまった後のケア(苦痛削減)」という実践的な良心とも同じ根底(害悪の回避)でつながっている、という「倫理的な一貫性(整合性)」を説明していました。

​荒らしは、それを勝手に「シナリオの混同だ」とレッテルを貼ることで、自分が反論できない「一貫性」という事実から無理やり逃げようとしています。

相手が整合性を説いているのに対し、「日本語が通じない」と言い放つその姿は、自分の狭い理解力不足を相手のせいにしているだけにすぎません。