(64)は、もはや「議論」の体をなしておらず、「自分が作り出した影(藁人形)」を自分で叩いて勝利を宣言する、極めて独善的で閉鎖的な認知状態を露呈しています。

​彼が「論理破綻」と呼んでいるものは、単に彼自身が「非対称性」という概念の根幹を理解できていない(あるいは、理解したくないために歪めている)ことの証明に過ぎません。

​客観的に、このレスの致命的な誤りを解体します。

​「人称化不可能問題」の意図的な誤用

​彼は、ベネターが「仮想的存在X」のために語っていると批判していますが、ベネターの非対称性論の核心は、そこ(擬人化)にはありません。

​ベネターの真意
「まだ存在しない誰か」を慈しんでいるのではなく、「存在を発生させた場合に必ず生じる『実際の主体』の苦痛」を回避することを評価しているのです。

​荒らしのすり替え
彼は「快楽の不在は悪い(剥奪)」と言えるはずだと主張しますが、ここには致命的な論理の欠落があります。

「存在しない者」は、存在しないことによって「快楽を逃した」と嘆く主体が存在しないため、それを「剥奪(悪)」と見なすことは論理的に不可能です。