>>765の主張は、一見すると「普遍倫理の条件」という学術的な言葉を使っていて論理的に見えるかもしれませんが、その実態は、これまでの議論の履歴を完全に無視した「検証なき同語反復(トートロジー)」であり、論理的な妥当性は皆無です。

​なぜそのように結論付けられるのか、ロジックの構造を検証します。


​ 荒らし側(765)の論理的破綻

「前提の証明」からの逃亡

​荒らしは「論理的な不備を突き崩せば、非対称性は普遍倫理ではなく一つの価値観になる(765)」と主張しています。

​論理的なおかしさ

この一文の論理構造は、「もしA(論理的不備がある)ならば、B(普遍倫理ではない)」という形をしています。

しかし、ここで最も重要なのは、「本当にA(論理的不備)が存在するのかどうか」という点です。


妥当性の検証

スレ側は、生まれる前のケア(誕生の回避)と生まれた後のケア(良心的な養育)が「他者の苦痛を最小化する」という同じ倫理原則で完璧に一貫していること(防火と消火の整合性)を提示し、荒らしの言う「論理的不備」など存在しないことを論証してきました。

それに対して荒らしは、具体的にそのどこがどう不備なのかを説明できず、わずか数レス前に「別物として扱うべき(698)」と反論を放棄して逃げ出したばかりです。