>>76
「主体の不在」という防壁への逃避

​「価値判断をするのは誰か?」という問いを彼は繰り返しますが、これは倫理学を「個人の好みの問題」に引きずり下ろす卑怯な戦術です。

​例えば、「100年後に爆発する時限爆弾を、今は誰もいない更地に埋める行為」は、現時点では被害者がいませんが、未来に被害者を生むことが確定している以上、今この瞬間に「客観的に悪」と評価されます。

​彼は「今、主体がいないなら、それは価値判断できない」と主張することで、「未来の被害者に対する責任」という倫理の根幹を焼き払おうとしています。

​結論
彼は「理解」ではなく「破壊」を目的としている

​このレスから透けて見えるのは、高度な哲学議論を戦わせる知性ではなく、「自分の思い通りにならない精緻な理論を、なんとかして『ゴミ』だと定義したい」という強烈なルサンチマン(恨み)です。