我々存在者による客観的評価として、
「子が存在しないこと」は、可能な喜び・成長・救済・創造の不在として、損失または苦痛的事態と評価され得るのは妥当だね

苦痛の不在を語るときは主体なしの客観評価を使い、快楽の不在を語られると主体がいないから損失ではないと言う
この二枚舌はアウト
それと時限爆弾の例えはもう本スレで機能停止してたよね