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「全否定ありき」の教条主義(ドグマティズム)

​通常の議論であれば、提出された論理的破綻(941の矛盾や955での指摘)に対して、自説を修正するか、あるいはその指摘自体の誤りを論理的に証明しなければなりません。

​しかし、410(荒らし)の態度は以下のように変化しています。

​普遍性はないと言い張る(410)

​突っ込まれたら「存在前提なら認める」と枠を狭める(941)

​さらに突っ込まれたら「自分は主体存在シナリオの話をしている」と歴史を改ざんする(987)

​最終的に「状態評価と行為評価は繋がらない」という独自の教義(マイルール)を持ち出す(990)

​これは、科学や哲学の検証プロセスではなく、「聖典の解釈を都合よく変えてでも、神の存在(自分の結論)を死守しようとするカルト的な教条主義」の動きそのものです。

相手にとって、反出生主義の有用性を認めることは「自分の信仰の敗北」を意味するため、どれだけ論理的に追い詰められても絶対に「全否定」の姿勢を崩すことはありません。