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980 考える名無しさん 2026/05/19(火) 16:25:30.32 0
410の当初の前提
「存在しないシナリオ」における苦痛の不在の普遍性が問題だ。

​941の強弁
「存在を前提にするなら」普遍性は認める。

→上段と下段は何の矛盾もなく論理的に成立するので、これを持って破綻とはならない

【Xが存在するシナリオ】と【Xが存在しないシナリオ】を場合分けして、それぞれに普遍性の有無を個別に評価することは、論理的に何の問題もない
多くの非対称性の議論では、後者における価値判断の恣意性が論点にされ、前者はほとんど論点にされない
なぜなら、ベネターの主眼は「主体不在シナリオ」における非対称性の強調であり、「主体存在シナリオ」は初めから対称の普遍性を前提にしているので、ここを取り上げる必要性が薄いからといえる

あえて【Xが存在するシナリオ】に焦点をあてるとこうなる

苦痛の存在→悪い
快楽の存在→良い

苦痛の不在→良い
快楽の不在→悪い

下二つは非対称性のマトリクス上には存在しないから、ここでの議論ではこちらからは言及していないが、上二つを認めればすんなりと導出できる
こちらは対称になっているので何の問題もない


しかし、【Xが存在しないシナリオ】ではベネターによる恣意的な価値判断により非対称性になっていて、こちらには普遍性はない
「なぜ普遍性がないのか?」については既に当スレに論証を書いてある
「普遍性がある」と主張するのであれば、普遍性の存在を論証をしなければいけない