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海野福寿の条約法分析の核心は、「不当だが法的に有効」(不当合法論)という立場です。 彼は歴史家として、1904~1910年の一連の日韓諸条約(日韓議定書、第1次・第2次・第3次日韓協約、韓国併合条約)の締結過程を一次史料に基づいて詳細に検証し、韓国側(特に李泰鎭ら)の「無効=不成立論」を批判しました。

基本的な立場
諸条約は日本による強制・圧力のもとで結ばれたもので、歴史的・道義的に不当であることは認める。
しかし、1910年前後の国際法(万国公法)および外交慣行の基準に照らせば、形式・手続上の重大な瑕疵はなく、法的に有効に成立したとする。
結果として、日本の朝鮮支配は国際的に承認された「植民地」であり、単なる「強制占領」ではない。ただし、「合法であること」は植民地支配の正当化を意味しない、と明確に区別する。

この立場は、著書『韓国併合』(岩波新書、1995年)、『韓国併合史の研究』(岩波書店、2000年)、編著『日韓協約と韓国併合』(明石書店、1995年)、および『世界』誌上の李泰鎭との論争(1998~1999年)、関西大学法学研究所などでの報告論文などで展開されています。

具体的な条約法上の論点
海野の分析は、主に以下の点で韓国側無効論を反駁するものです。

強制(duress)の問題
国家に対する軍事的・外交的圧力があったことは認める(特に第2次日韓協約=乙巳条約)。
しかし、当時の国際法では「国家に対する強制」だけでは条約は当然に無効とされず、国家代表者個人に対する脅迫が無効原因となり得る、という区別を重視。
代表者個人への直接的な脅迫の事実を、信頼できる一次史料で確認できないとする。批判側が依拠する一部回顧録(例:『韓末外交秘話』など)は伝聞・噂の域を出ず、資料的価値が低いと評価。
王宮周辺の軍隊配置などは過剰警備の面はあるが、代表者個人への強迫とはいえない、と判断。