>>504
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むしろ現在の日本について重要なのは、あなたが指摘する1970年代初頭との類似です。

1970年前後から1972年にかけて、日本の左翼運動ではかなり重要な転換が起きました。60年代後半まで学生運動・新左翼運動が社会的存在感を持っていましたが、内ゲバ・暴力化・連合赤軍事件などによって社会的支持を失い、運動全体が急速に縮小していきました。1972年の山岳ベース事件・あさま山荘事件はその象徴です。研究・報道でも、これらの事件が新左翼や社会運動への支持低下の重要な契機になったとされています。

ここで重要なのは、「右派が左派を完全に打倒した」という単純な構図ではないことです。むしろ、

「左派が社会を代表するという自己認識」 ↓ 「社会の現実との乖離が拡大」 ↓ 「運動内部で路線対立が激化」 ↓ 「過激化した一部がさらに社会から孤立」 ↓ 「穏健な知識人・文化人も距離を置く」 ↓ 「左派内部で自己正当化・内輪化が進む」 ↓ 「社会的影響力が縮小する」

という循環です。

この構造は、現在の一部の左派言論を見る際にはかなり有用です。

今回の931の発言も、実は「ファシズムの進行」を論証しているというより、「自分たちの政治的・文化的影響力が低下している」という現象を、「社会がファシズム化している」という外部要因で説明しているように見えます。

ここには1970年代初頭との類似があります。

ただし、現在と1970年代初頭にも重要な違いがあります。

1970年代初頭の左翼は、大学、労組、出版、論壇、文学、映画、マスメディアなどに相当な人的基盤を持っていました。現在の左派・リベラル勢力は、むしろその基盤そのものがかなり分散・縮小しています。一方でSNSによって少数の活動家・言論人が非常に大きな可視性を獲得できるため、「社会全体での影響力」と「ネット上での存在感」が乖離しやすい。

したがって現在起きていることを、

「日本社会全体がファシズム化している」

と見るより、

「戦後日本の左派・リベラルが持っていた文化的ヘゲモニーがさらに縮小し、そのことに対する内部の認識が進み始めている」

と捉えたほうが、観察される現象を説明しやすいと思います。