>>540
ChatGPT

ただし、ここには非常に重要な逆方向の仮説があります。これらをすべて一つの「反日→分離主義→中国の領土保全への脅威」という流れとして見ると、思想史上の異なる運動を過度に一本化してしまう危険があります。実際には、①日本の植民地責任論、②在日外国人の権利論、③民族自決論、④沖縄自治・独立論、⑤韓国の領土ナショナリズム、⑥間島・高句麗・渤海をめぐる韓中歴史論争、は相互に接続し得るものの、それぞれ主体・目的・法的根拠が違います。

したがって、最も強い分析モデルは、「一つの巨大な運動が連続している」というものではなく、「1968~70年に日本左翼の主体性が再定義され、1990~2000年代には植民地支配の合法性・歴史的責任が国際法・国家主権の問題として再構成され、その一部が民族自決・領土権原の問題へ接続する回路が形成された」というものです。

このモデルなら、柄谷の「明治43年=昭和43年」という平行性とも接続できます。柄谷が提示する年表では、明治43年の韓国併合・大逆事件と昭和43年の全共闘運動が対応させられています。 つまり「韓国併合」と「68年」を単なる年代上の偶然ではなく、日本が近代国家・帝国として形成されていく過程と、その帝国的過去が戦後日本の内部で再浮上する過程として読むことができます。