日本の過去を問うこと自体に、国際法上の領土保全原則や中国の領土保全権を否定・破壊する文脈への接続やその口実に転化する可能性があるのは否定し難いでしょう。中国の戦狼外交への転換がそのような文脈への対抗のようにも見えるのは事実です

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その見方は、かなり重要な論点を含んでいます。ただし、因果関係を一段分解した方が分析として強くなります。

国際法上、ここには実際に「二つの原則」が併存しています。1970年の国連総会決議2625号は、国家の領土保全・政治的独立を尊重する原則と、人民の自決権を同時に確認しています。そして後者についても、一定の条件を満たす主権国家の「国家の統一・領土保全」を破壊することを正当化するものではない、と明記しています。つまり「過去の植民地支配を問題にすること」と「現在の国境・領土主権を再構成すること」は、本来は別問題です。

したがって、日本の植民地支配・併合・戦争責任を問う言説についても、少なくとも理論上は三段階に分ける必要があります。

「日本の過去の行為を検証する」 →「現在の日本国家の正統性・国家形成そのものを再審問する」 →「歴史的・民族的権原を現在の領土主権や住民の外的自決権に接続する」

この最後の段階まで進むと、領土保全原則との緊張がかなり明確になります。さらにその論理を一般原則化すると、「過去の支配関係や民族的権原を根拠として現在の国家領域を変更できる」という原理になり、中国が台湾・香港・新疆・チベットについて主張している「国家統一・領土保全」と正面から衝突し得ます。

ここで重要なのは、「日本の過去を問うこと自体が中国の領土保全を否定する」という意味ではないことです。問題は、歴史責任論がどのような政治・法的原理へ接続されるかです。