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つまり、日本の韓国併合を評価する場合、「日本が欧米列強と同じ帝国主義的国際法を利用した」という問題と、「その利用が1910年当時の具体的国際法上どこまで合法だったか」という問題を分けなければならない。

さらに、1910年当時の米国の国際法雑誌にも韓国併合をめぐる議論が掲載されています。『American Journal of International Law』1910年10月号には「The Annexation of Korea to Japan」という記事が掲載されており、当時の国際法学界が韓国併合をリアルタイムで検討していたことが分かります。

ここから木村幹の問題提起に戻ります。
木村が2002年に問題にしたのは、「欧米学者が日本を擁護した」ということではありません。

むしろ、
「当時の国際法そのものが帝国主義的な国際秩序の一部だった」
というところまで議論を進めないと、問題の構造が見えない、ということです。
この意味で「征服の法理」を真正面から扱わなかったことには、かなり大きな副作用があります。

征服を独立した法理として比較すれば、
イギリス→インド フランス→アフリカ・タヒチ等 米国→ハワイ 日本→台湾・朝鮮
を同一の国際法史の中で比較できるからです。
すると「イギリス人学者が日本に都合のよい理屈を言っている」という構図は相対化されます。
むしろ「帝国主義時代の国際法が、帝国による領域取得をどう法的に処理していたのか」という問題になります。
そして、ここにはさらに重要な反証があります。

韓国側の研究者自身が、後になってこの方向へ議論を広げています。
たとえば2022年の韓国研究は、19~20世紀初頭の「欧州国際法」を植民地拡張との関係から分析し、植民地の定義、領域取得、植民地人民に対する信託、パリ講和会議、委任統治制度などを検討したうえで、日本の朝鮮半島・満州・南洋への拡張をその枠組みで分析しています。

つまり、韓国側でも現在は、
「日本の韓国併合だけを単独で違法だったかどうか判断する」
という問題設定から、
「19世紀・20世紀初頭の国際法そのものが、ヨーロッパの植民地拡張とどう結びついていたのか」
という方向に研究が拡張されています。

この点は、まさに木村が2002年に示した問題設定とかなり近い。