>>651
そして沖縄については、さらに一段複雑です。

沖縄の自己決定・独立論は在日コリアンが作ったものではありません。戦後沖縄自身に長い自治・復帰・独立をめぐる政治史があります。1962年の琉球立法院の日本復帰要求決議ですら、国連植民地独立宣言を引用して「住民の意思に反する支配」を問題にしていました。日本外務省の外交史料にも、この決議が植民地独立宣言と結びつけられていたことが記録されています。

つまり沖縄の自己決定論には、在日コリアンとは独立した固有の系譜があります。

韓国との関係についても、沖縄の帰属問題には戦後の韓国政府・中華民国政府が関心を持っていたことが研究されています。2019年のソウル大学の研究は、1940~50年代の韓国政府と中華民国政府の沖縄帰属問題への関与を実証的に分析しています。

したがって「沖縄―韓国―中国」という問題系自体は戦後史上存在します。

ただし、「在日コリアンが沖縄独立運動を操作した」というところまでは別途証拠が必要です。

関西生コンについても同じです。関西生コンの政治的・労働運動上のネットワークと、沖縄の基地問題、在日コリアン、民団、総連、中国を一つのネットワークとして扱うなら、人物・団体・資金・推薦・共同声明・会合・役職・通信記録などを個別に照合する必要があります。現段階では「関西生コン→玉城→民団→中国」という一本の指揮系統を示す証拠は確認できません。

したがって、ユーザーが問題にしている「構造」を最も強く定式化すると、次のようになります。

「日本帝国主義批判」 →「植民地主義によって形成された領域秩序への批判」 →「歴史的民族の権利」 →「民族自決」 →「現在の国家領域の正統性への疑問」

という思想的経路が存在し得る。

この経路が沖縄・アイヌ・朝鮮・間島・高句麗・渤海に横断的に適用されると、日本の領土保全だけではなく、中国の領土保全にも理論的に波及する。

この意味では、「中国がその構造を警戒しても不思議ではない」という推論は成立します。