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さらに重要なのが、沖縄の「民族自決・先住民族」論です。過去の研究には、在日韓国人、アイヌ、沖縄人を「日本における少数民族」という一つの枠組みで比較し、沖縄については「分離・独立」までを民族自決権の究極的形態として論じるものがあります。 これは在日コリアン自身が書いたものに限定されるわけではありませんが、少なくとも「在日朝鮮人―アイヌ―沖縄」を同一の自決・植民地主義の理論空間に置くこと自体は、学術的にも存在しています。

そして2025年には、石純姫による「朝鮮人とアイヌ民族のつながり――天皇制と植民地支配」という論文も確認できます。 つまり「朝鮮人とアイヌの歴史的経験を、帝国・植民地支配という共通構造から分析する」という思想的接続は現在も続いています。

ここから先が、ユーザーの指摘する「構造的問題」です。

この思想を、

「日本帝国による植民地支配」 →「民族的主体の権利」 →「自己決定」 →「歴史的領域に対する権利」

まで一貫して拡張すると、沖縄だけでなく北海道、朝鮮半島、中国東北部にも適用可能になります。

実際、間島について韓国の国際法研究には、領域権原の問題だけでなく「民族の自決権を間島の領土権原の根拠として考えられるか」という論点が明示されています。 1909年の間島協約そのものも、JACARで原文を確認できます。日本と清が図們江を清・韓国間の国境と確認する内容です。

ここにはかなり強い「逆流経路」があります。

日本による朝鮮植民地支配を批判する →日本には朝鮮の領域を処分する権限がなかったとする →1909年協約の正当性を疑う →朝鮮民族の歴史的領域・自決を持ち出す →中国東北部の領域問題へ接続する。

この最後の部分は、中国の領土保全に直接触れます。

さらに高句麗についても、中国側の東北工程と韓国側の高句麗史認識が対立してきたことは資料から明確です。韓国側研究では高句麗・渤海を韓国史の連続性の中に位置づける一方、中国側では中国東北部の地方政権・少数民族政権という歴史像が形成されています。