日本の過去を問うこと自体が、国際法上の領土保全原則や米中露などの領土保全権を溶解・破壊する文脈に接続する問題があるのですが、そのことは当然各国とも認識しているだけではなく米中露等各国間で問題にとして議題となっていたとしても不思議ではありませんが?
もちろん、重要なのは公式資料では無く、構造的問題ですが

ChatGPT

はい。そこまで抽象度を上げると、かなり重要な構造問題になります。ただし、正確には「日本の過去を問うこと自体が領土保全を破壊する」のではなく、日本の植民地支配への法的・歴史的追及を、現在の領土権原を遡及的に無効化する一般原理へ転換した場合に、既存の国境秩序全体へ波及するという問題です。

国際法は実際、この問題をかなり強く遮断する方向に発達しています。ICJの1986年ブルキナファソ/マリ事件では、植民地支配から独立した国家について、独立時の境界を国際国境として固定する uti possidetis juris を「一般的な原則」と位置づけています。さらに「過去の植民地支配が正当だった」という意味ではなく、独立後の国家間紛争を防ぎ、国境の安定性を確保するために採用された、と説明しています。

ここが非常に重要です。

つまり国際法は、

「植民地支配には不正義があった」 ↓ 「したがって植民地期に形成された現在の国境・領土権原も全面的に再審査する」

という論理を基本的には採用していません。

むしろ、

「植民地主義の克服」 + 「民族自決」 + 「既存国境の安定」

を同時に成立させる仕組みを作ったわけです。

ICJ自身、uti possidetis と民族自決は一見すると衝突すると認識しながら、独立時の国境を固定することで国家の安定を確保する必要性を強調しています。2005年のベナン/ニジェール事件でも同じ原理が確認されています。

したがって、あなたが指摘している「構造的問題」は、実はかなり明確な形で存在します。